” 感性″の向き合い方 te tu ga ku@taiyo

『感性を磨く』・・・・とはいえども、いかように???

 

そうですよね。

単なる感覚っていっても、自己の“性質”によって感じ取る働き。

なので・・・個々によって違いがあるモノ。

例えば、、、、、

一つの絵を眺めていて、『何を感じるのか』をじっくり捕まえるまえに、

誰かが評価する内容を“探す”見かたをしていると、

自己が何を感じているのか・・・知るチャンスは消えてしまう。

 

日常の時間の中で、

沢山の“情報”とすれ違っている中で、

『何を感じているか』よりも『何て人は言っているのか』気になってしまう。

そんな形で、『感性』と言っても捉えることは難しいので、

例え会話をしていても心のキャッチボールが出来る人or出来ない人は、

“その”グループによって『どこ』をキャッチし合うのか・・・が変わってくる。

 

『何に出逢い』

『何を感じ』

『どんな風に汲み取るか』

それは、日常のココロの捉え方によって全く世界が変わる。

 

感性を磨かないと、ヒトとしての寂しさのようなモノで一杯になる。

そうであると、

同じモノが目の前に見えていても、

全く別のモノを“捉えて”いることになる。

 

別のモノ。

在る時には、それが楽な場合もあるし、

辛さになることもあるでしょう。

 

ヒトを傷つけてまで頑固でいることは、

自分も他者も、歓びにはならない。

そのデッドラインを決めるのは・・・・・個人。

決して、誰かではない。

ノウハウで誰も幸せにはならない。

一つづつ、感じることが喜びであるってことを知ることが、

何よりも丁寧に必要なこと。

 

向き合うのは『自己のココロ』であって、

誰かの『評価』ではない。

それは感性の扉の鍵になる。

te tu ga ku@taiyo

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